プラセンタの漢方薬

中国では、紀元前からプラセンタが薬として重要視されており、紀元前3世紀には傷を治すためにプラセンタが使われていたようです。

秦の始皇帝が国をおさめていた時代には、プラセンタが不老長寿の薬としてもてはやされていたといいます。

漢方薬としてプラセンタが初登場するのは、紀元後10世紀あたりである唐の時代につくられた「本草拾遺(ほんぞうしゅうい)」です。プラセンタは、「胞衣(なえ)」や「人胞(じんぽう)」といった名前で、漢方薬として紹介されています。

明の時代になってからの薬物書である「本草項目」では、プラセンタが「紫河車(しかしゃ)」という名前でのっています。

「紫河車(しかしゃ)」の語源は、紫が帝王をあらわしており、河車は北方の生気という精霊にまつわる意味を持っていて、プラセンタが魂の肖像のように考えられていた模様です。

現代になってからも中国の薬事典では、プラセンタが「紫河車(しかしゃ)」として掲載されています。 「紫河車(しかしゃ)」は、人間由来のプラセンタを乾燥させたもので、エストラジオール、さまざまな種類のアミノ酸、プロゲステロンという女性ホルモン、軟骨成分のグルコサミン、マントース、ガラクトース、などを含んでいます。

プラセンタは養血、補精、益気などといった強壮作用だけでなく、女性の生殖器、乳腺、卵巣などの成長をうながす作用もあるのです。

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